中間報告も兼ねて、今までの内容を軽くまとめてみました。
特徴
賢治作品の特徴は、
1.独特の雰囲気や世界観
2.オノマトペを用いた独自の文体
3.密度の高い文章
が挙げられます。
問題点は、
1.読みづらい。
小林秀雄ほどの悪文ではありませんが、読みづらいです。子供には難しいと思います。
私も子供の頃に賢治作品をいくつか読んだのですが、読みにくくてとっつきにくかったです。
2.経済分野が弱い。
オツベルや注文などで取り上げていますが、宗教的なアプローチばがりで、現実な解決案を示しているとは言い難いです。
漱石や三島と比べると弱いと思います。
恐らく本人に商才がありません。童話集の販売で現れています。
1924年に童話集の注文の多い料理店を現在でいう5000円で販売しました。
5000円もする謎の地方教師が書いた童話集を誰が買うんでしょうか。
良いものが売れるとは限らないでしょうに。
他の理由としては、宗教と経済の相性の悪さです。
宗教のビジネス化はどうしてもいかがわしくなる。人間関係を金に変えてしまう。
蜘蛛となめくじと狸のように、賢治がそう感じていた。
だから経済に対して強く反発した。
宗教家としては誠実なんでしょうが、商業作家としてはダメでしょ。
アニメや漫画で経済が弱いのは賢治の影響あるんじゃないかと思います。
3.恋愛ものが苦手。
シグナルとシグナレスや銀河鉄道の友達ものぐらいで、数が少ない。
本人の恋愛経験から察するに、おそらくアダルトな恋愛が描けない。
構成力
読み解きして気づいた一番の美点は全体構成です。ズバ抜けていると思います。無駄が少ない。
対称構造と反復構造を初期から使用しています。探究不足ですが、処女作の洞熊(蜘蛛となめくじと狸)は反復構造です。漱石や三島の対称→反復の流れとは違います。
作風
賢治作品には二つの作風があります。
一つ目は宗教的なもの。青い部分です。
一般的な賢治像はこの作品群からイメージされていると思います。
宗教を探究していて、キリスト教、仏教を取り入れて新たな宗教を生み出そうとしています。
よだかの星では一切衆生(みんな救われる)をベースにキリスト教と仏教の融合。
やまなしはアニミズム、キリスト教や仏教などの宗教と科学を融合した死生観。
なめとこ山の熊では良い意味での因果応報と自然との一体化。
グスコーブドリでは日本的イエス像。お釈迦様像。
セロ弾きのゴーシュでは三位一体を取り入れ、日本近代音楽の誕生。
二つ目は風刺的なものです。オレンジの部分です。
一見、仏教説話に見せかけて裏の顔がある作品です。
注文の多い料理店では、紙幣批判と日本批判。
オツベルでは、資本主義と植民地主義批判。
月夜のでんしんばしらは、シベリア出兵、軍部批判。
詳しく読み解けていませんが、洞熊(蜘蛛となめくじと狸)や猫の事務所もこの類に入ると思います。
よだかの星でもキリスト教を批判しているので、風刺的作品として見て良いかもしれません。
賢治の生涯と作品を照らすとこうなります。
主に遺書を挟んで、作風が変化しています。
前が風刺的で、後が宗教的です。
もともと宗教的ですが、病魔に侵されたので、よりいっそう宗教に救いを求めたのでしょう。あるあるですね。
賢治像
賢治の聖人化に疑問だったので、調べてみると賢治の人物像を取り上げた面白いサイトを見つけました。最近はこちらで勉強しています。
鈴木守さんという方が書いておりまして、どの記事も興味深い内容です。
特に面白かったのは羅須地人協会の記事です。
どうやら賢治の農民指導のレベルは低く、活動内容は遊びのようなものだった。
賢治は今で言うダブルスタンダードであり、その時期によって意見や態度をコロコロ変える人間だった。
以上の内容より、賢治は巷で言われるような聖人ではなかったということです。
なかなか面白い内容です。
賢治も自覚があったから「雨ニモマケズ」を描いた。懺悔の意味も込めて。
個人的には、商売や農業関係じゃなくて、研究者か公務員の方が向いていたと思いますけどね。
まとめると、賢治は今でいうバカ息子で真面目系クズだった。他人に暴力を振るったり誰かを巻き込んで自殺するよりはマシなんでしょうけどね。
というかこれで聖人扱いされる文学界の偉人達って一体。。。
少し話が逸れましたが、彼の描いた作品は今でも色褪せていないし、後続の人々に受け継がれ、大きな文化になっています。
作品に込めた賢治の思いを汲み取るためにも、引き続き読み解きを進めていきます。
余談
賢治作品を制覇しようと思って、作品数を調べてみました。
一人じゃ無理です。誰か助けてください。