気ままに読み解き

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「荒地」解説【T・S・エリオット】

原題は「The Waste Land」。1922年発表の詩です。荒廃した西洋文明の限界と再生を描いています。

 

 

あらすじ

全部で5章あります。

Ⅰ:死者の埋葬

古き良きヨーロッパは、もう存在しない。

Ⅱ:チェス遊び

女性をいじめすぎ。そのせいで、自分達の首を絞めてるよ?

Ⅲ:火の説教

みんなの価値観、終わってる。

Ⅳ:水死       

英雄はもういないから、君が英雄になれ。

Ⅴ:雷が言ったこと

雷から素晴らしい教えを聞いたよ。

(あらすじ終わり)

 

今、紹介したあらすじは、極端に簡略化しました。でも、実際に読むと、何を言ってるのか全く分かりません。意味不明の詩です。

nightinriver-22.hatenablog.com

底本は、岩波文庫の「荒地」を参考にしました。訳者様による丁寧な脚注が掲載されていますので、かなりオススメです。

www.iwanami.co.jp

 

本作の理解のポイントは、二つあります。

1.第一次世界大戦

2.資本主義

順番に説明していきます。

 

1.第一次世界大戦

宗教や歴史を少しでもかじった人なら、一度はこう考えたことあると思います。

「宗教ってさ、愛とか平和とか言ってるけど、争い止めてないから意味ないじゃん」

 

このような考えが、第一次世界大戦の時期にも、知識人の間で高まりました。

塹壕戦などの悲惨な戦いや、教会が自国の戦争を「聖戦」として祝福したことに失望し、宗教的権威への疑いを強めたのです。

encyclopedia.1914-1918-online.net

ジョイスやウルフも、似たような感想を抱いたようで、作品に現れています。

naginagi8874.hatenablog.com

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エリオットの「荒地」は、この第一次世界大戦で荒廃した西洋文明が背景にあります。各章ごとに見ていきましょう。

 

章解説
Ⅰ:死者の埋葬

この章の構成は、対称構造です。

まずは、このペアを見ていきましょう。

1-18行目を分割すると、こうなります。中心の8-16行目を見ていきます。

8-11行目では、ドイツ南部にあるシュタルンベルク湖を渡り、ヨーロッパについて二人が思いを寄せます。

12行目は、リトアニア生まれのドイツ人の自己紹介で、13-16行目は、オーストリア=ハンガリー帝国の貴族である、マリーとルドルフがソリで滑る場面です。

リトアニアとオーストリア=ハンガリー帝国、どちらも多民族国家になります。多様な価値観を許容する秩序があった、古き良きヨーロッパの象徴です。

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しかし、リトアニアはポーランドに占領されますし、オーストリア=ハンガリー帝国は第一次世界大戦後に解体しました。ヨーロッパは衰退したのです。

 

そのことは、1-4行目の「四月は最も残酷な月」という言葉でも示しています。

なぜ残酷かと言いますと、当時、不吉の象徴とされてきたライラックを芽吹かせるからです。「ヨーロッパは衰退した」という嫌な現実を、容赦なく突きつけます。

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何も感じずに、冬の雪に覆われていた方がマシな状況でした。南に行ってのんびりできましたから。

まとめると、1-18行目では、第一次世界大戦によって、古き良きヨーロッパが衰退したことを表しています。

 

60-76行では、ヨーロッパの中心街であるロンドンの様子が描かれています。

60-68行では、公害による霧の中、群衆がロンドンの街を歩く場面です。ため息をついてうつむいて歩く描写は、ダンテの「神曲」地獄篇の引用になります。つまり、ロンドンは現世にある地獄なのです。

dangodango.hatenadiary.jp

69-76行は、戦友と語る場面です。内容はミュラエの海戦、埋めた死体、犬の話になります。ミュラエの海戦と埋めた死体は、戦乱の傷痕の象徴です。犬は聖書で悪魔の象徴です。悪魔のせいで、この惨状になったということでしょう。

このペアは、ヨーロッパの衰退を描いています。

 

続いて、このペアを見ていきましょう。

前半の19-30行は、死と再生の予感が描かれています。

22行目の壊れた石像(イメージ)の山は、ヨーロッパ文明の崩壊を表しています。「エゼキエル書」での、偶像崇拝への神の裁きが元ネタです。

22-24行目のコオロギもささやかず、水の音もしない描写は、完全な死でも完全な生でもない、中途半端な状況を示しています。コオロギは「伝道の書」由来の「死の象徴」、水の音は「出エジプト記」由来の「生の象徴」です。

赤い岩の陰の下で、「灰の中の恐怖を見せたい」と、語り手が言います。言い換えると、苦しみの原因を読者に見せようとしています。これは「イザヤ書」での、大岩の下に入り、エホバの姿と輝きを見る場面が元ネタでして、岩が赤色なのは、戦争で流された血の色だからです。

神の裁きで崩壊したヨーロッパは、生と死の瀬戸際で苦しんでいて、これからは原因を探さなければならないと。

 

後半の43-59行目では、占い師がカードで占いをします。発言内容は以下の通りで、大体二回出現しますが、ベラドンナと片目の商人だけ、一回のみの出現です。不自然です。

つまり、不自然でも伝えたい内容がこの2つになります。苦難の中心には、資本主義と不妊があるのです。

まとめると、このペアは「ヨーロッパの苦しみとこれから」を描いています。

 

中心の31-42行目は、恋人への愛情表現です。

31-34行目の「トリスタンとイゾルデ」や、再生の象徴であるヒアシンスの引用で示しています。

しかし、42行目の海を眺める場面で、愛情による再生の予感はありますが、まだ十分な力はないことが告げられます。

 

再生の予感はあれど、ヨーロッパ全体は衰退してますから、この章の主題は、「ヨーロッパの衰退」です。

 

Ⅱ:チェス遊び

この章の構成は、対称構造です。

まずは、この部分を見ていきましょう。

冒頭の77-85行目は、高級娼婦が部屋を眺め、権力者への怒りを募らせる場面です。

部屋にある象牙は男性の欲望(ペニス)、ロウソクは信仰心、格天井は権力の象徴になります。

89-93行目の、ロウソクの炎が格天井の模様を揺らがせる描写は、信仰心が権力と欲望によって歪められていることを示しています。

その後、イルカのレリーフが泳ぐ幻想を見ます。イルカは中世美術で、愛の象徴です。しかし、現実では愛もない売春です。

というか、権力者による女性への酷い仕打ちは、97-99行目のピロメラの絵で示しているように、古代からずっと続いています。

 

終盤の139-172行目は、下層階級の酒場で、女性同士が会話をする場面です。話題は夫婦関係です。

リルは虫歯になり、堕胎薬が原因で老け込んでいます。戦争から帰ってきた夫との関係は、良くありません。

つまり、社会が讃える結婚が、女性を消耗させる場になっているのです。某ドラマで「結婚は長期売春契約」って聞いたことありますけど、結婚も一種の売春ってことなのでしょう。嫌な対句です。

 

中心部分の111-138行目は、男女の会話です。

女性は現実を見ていて、明日の予定を話します。一方の男性は、戦争や死の恐怖で頭がいっぱいです。現実から目を背けているのです。

 

以上の内容を考えると、章題の「チェス遊び」っていうのは「女を落とすゲーム」という意味でしょう。上流階級の豪華な部屋も、下流階級の酒場も、男にとってただのゲーム盤に過ぎないのだと。比喩が的確かどうかは、その道に通じてる方々の判断にお任せします。

冒頭と終盤で女性の不遇な描写を示して、中心で男性が死の幻想に狂う様子を描いています。女性を雑に扱ったから、自分達が死の恐怖に苦しんでいるのだと。

以上のことから、この章の主題は「男性の横暴と死」です。

 

Ⅲ:火の説教

この章の構成は、対称構造です。

冒頭の173-226行は、川沿いを散歩する男の話です。

173-186行目で、語り手は、一時の快楽に身を任せた人達の痕跡を見ます。173行目の破れた河辺のテント、177-179行目のゴミの描写、180-181行目の住所を残さない金持ちの若者など、無責任な性の乱れが暗示されています。

203-206行目の聖歌隊の「レイプの歌」は、その最たる例です。清い愛の価値観は、もう壊れているのです。

 

終盤の215-311行目は、女性の一日です。

215-256行目で、仕事を終えて帰宅すると、機械のように男性と情事を重ねます。もう一種の作業と化しています。

257行目で、男が帰宅した後、無感動にレコードをかけます。257-265行目を見れば、世界の素晴らしさを讃える歌です。

ただし、292-306行目では、処女喪失した三人の女性の話(ワーグナーの「ラインの黄金」の乙女達のパロディ)を歌います。下品な歌なのです。

308-311行目で、最後に結論づけています。欲望に塗れた世界を、炎で完全に浄化してくれと。

なぜ、ここまで性が乱れ、人間関係が干からびてしまったのか。中心部分で明かされます。

 

207-214行目は「非現実の都市(ロンドン)」での会話です。

そこで、スミルナ(現トルコのイズミール・多民族貿易都市)の商人であるユーゲニデス氏が現れます。彼は資本主義の象徴です。

「信仰心」の代わりに「資本主義」が考えの中心になったのです。

彼が主人公を週末のホテルへ誘う描写は、人間関係も金銭と取引による「商品」に成り下がったことを示しています。

以上のことから、この章の主題は「性の乱れと浄化」です。

 

Ⅳ:水死

この章の構成は、対称構造です。

中心では、フレバスという英雄の骨が、潮の流れに沿って拾われます。渦に巻き込まれているのです。

渦は、輪廻転生の象徴です。輪廻転生は、命あるものが死んだら、新しい生命に生まれ変わるという考えになります。生命が世界の中でぐるぐる回るのです。渦も水がぐるぐる回りますね。 

冒頭と終盤では、英雄の死と読者へのメッセージが対比されています。

冒頭で、フェニキア人(≒ユダヤ人)のフレバスは、カモメの鳴き声、深海の底波、そして収支損得の勘定も忘れてしまいます。英雄のフレバスが死んだことで、何もかも無駄になりました。キリスト教的価値観なら、絶望的な状況です。

でも、輪廻転生という考えを取り入れたら、どうなるか。英雄の死は希望に変わります。現世の誰かに生まれ変わってるかもしれないからです。

そして、その英雄は、この詩を読んでいる読者の君かもしれません。だから、君が英雄になれと。自己啓発的なくっさい内容ですが。

まとめると、「水死」の主題は「男性の死と再生」になります。

 

Ⅴ:雷が言ったこと

この章の構成は、対称構造+エピローグです。

中心部分を見ていきましょう。

359-365行では、「三人目の人」が現れます。キリスト的な救世主の幻影ですが、特に救いをもたらしません。

366-376行では、エルサレム、アテネ、アレクサンドリア、ウィーン、ロンドンといった西洋文明の中心都市が、次々と崩壊します。

このペアは、「西洋文明の破綻」を示しています。

 

346-358行は、水への渇望と音の描写です。一方、377-384行でも、水はありませんが、水のある場所から歌声が聞こえます。水は再生の象徴ですから、ここでは、再生の機会が来ていないことを、繰り返し描いています。

ただし、転換点はあります。

 

331-345行では、モーセのいない荒地が描かれています。昔とは違って、キリスト教だけでは限界のようです。一方の385-394行では、ついに風が吹いて、雷と雨が荒地に降ってきました。再生の機会がやってきたのです。

 

322-330行では、苦境に喘ぐ人々と春雷が描かれています。死にかけの状況でした。

しかし、395-422行では、雷が「ダッタ」「ダヤヅワム」「ダミヤタ」の三つを言います。「与えなさい」、「慈悲を持て」、「精神統一しろ」という意味です。ダッタはウパニシャッド哲学、ダヤヅワムは大乗仏教、ダミヤタはインド・仏教思想、いずれも東洋思想になります。

つまり、東洋思想の導入が、西洋文明の再生につながると述べているのです。

 

それは異端的な考えだと反論を食らいそうですが、エリオットなりの結論があります。

エピローグの413-433行です。

語り手は岸辺に座って、サンスクリット語の「シャンティ」という言葉を三度繰り返します。この言葉は、ウパニシャッド哲学の「理解を超えた平安」を意味します。

つまり、宗派関係なく、目指すべき場所は、同じ平和なのだと。

 

以上の内容から、この章の主題は「ヨーロッパの再生」です。

 

全体をまとめると、「荒地」の構成は対称構造です。

第1章「死者の埋葬」でヨーロッパは衰退していましたが、第5章「雷が言ったこと」ではヨーロッパの再生の手がかりを得ます。

第2章「チェス遊び」では、男性が死の恐怖に脅えますし、第4章「水死」では実際に男性が死にます。しかし、再生の可能性はあります。

中心の第3章「火の説教」では、性の乱れを批判しています。そして、その中心には資本主義があるのだと。まだ、解説は続きます。

 

2.資本主義

資本主義は、ざっくり言うと、みんなが自由に商売ができる社会のことです。

産業革命以降、イギリスを始めとするヨーロッパは、キリスト教的な「隣人愛」より「利益の追求」を重視するようになりました。西洋の衰退を考える上で、重要な話題です。

要素を抜き出すと、こうなります。

本作も「ニーベルングの指環作品群」に入ります。取り上げているのは、資本主義社会の批判です。

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第1章「死者の埋葬」では、空想の都市、すなわち、貨幣の都市であるロンドンを彷徨う人々を「亡霊」のように描写しています。資本主義による自由な商売と効率化で、生産性は向上しましたが、代償として、人間の魂は乾ききってしまいました。

資本主義の中心都市であるロンドンは、現世にある「地獄」なのです。

 

占いも同様で、苦難の中心には、資本主義と不妊があると述べました。一体、どういう関係があるのか。

儲けを重視する資本主義の過剰な追求は、世界の不妊化なのです。文明の滅亡になります。

 

実際、第2章「チェス遊び」や第3章「火の説教」でも、性の不毛さや乱れという形で現れています。

売春や一夜限りの関係は、一時の欲望を満たすだけの関係です。新たな生命を生み出したり、愛を深め合う訳でもありません。肉体関係を現金に変えているのです。

つまり、人間関係が金銭と損得による「商品」に成り下がったと、批判しています。だから、浄化の火で清めてほしいと願います。

第4章「水死」で、商人のフレバスは、海に溺れて命を落とします。その際、彼は収支損得の勘定を忘れてしまいました。どれほど事業に成功して、富や地位を築いても、死んでしまえば無意味なのだと。

 

こうして考えると、第一次世界大戦は、国家規模で起こった利益追求の暴走だと解釈できます。資本主義の技術と合理主義が、そのまま大量殺戮という惨劇に繋がりましたから。

まとめると、利益追求といった資本主義の行き着く先は、人類社会の滅亡なのです。

 

今までの形骸化したキリスト教の道徳では、この暴走する資本主義を止められません。信仰心が無くても、人間の宗教的考えは変わりませんから、キリスト教を次の段階へ進める必要がありました。

だから、エリオットは第5章「雷が言ったこと」で、東洋思想の導入を提案します。

「与えなさい」、「慈悲を持て」、「精神統一しろ」という教えは、利益の追求に走る資本主義的なエゴを制御する倫理でもあるのです。この辺りは、「闇の奥(闇の心臓)」を下敷きにしたと思います。

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tseliot.com

 

日本だと、渋沢栄一「論語と算盤」の発想に似ていますね。

hayaron.kyukyodo.work

どちらも「資本主義による伝統的な倫理観の衰退」を問題にしていて、「道理を持って経済活動をすべき」という主張が共通しています。

「宗教」と「経済」は密接に関わっているのです。

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他に有名な書籍は、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」でしょうか。

ja.wikipedia.org

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宗教と経済の関係を描いた物語もありまして、

ワーグナーの「ニーベルングの指環」では、ゲルマン神話と通貨発行権が、

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ゲーテの「ファウスト」では、キリスト教と経済活動が、

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宮沢賢治の「ポラーノの広場」では、キリスト教と資本主義社会が、

naginagi8874.hatenablog.com

三島由紀夫の「豊饒の海」では、仏教と経済が描かれています。

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まとめ

全体の構成が完成しました。「荒地」全体の解釈ができます。

「第一次世界大戦と資本主義により、西洋文明は荒廃した。キリスト教だけでは、西洋文明の再生は困難である。そのため、東洋思想の導入が再生の手がかりになるだろう。これは単なる改宗ではない。特定の宗派や既存の教義にとらわれず、真の平和を目指すという、宗教本来の道理に合ったものである。」

 

まとめると、本作の主題は「西洋文明の荒廃と再生」になります。

難解ながらも名作とされているのは、確かな再生の手がかりを示していたからでしょう。

 

この荒廃と再生のテーマは、アメリカの大地の再生を目指す「グレート・ギャツビー」、

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戦後アメリカの再生を願う「バナナフィッシュにうってつけの日」などに受け継がれました。

naginagi8874.hatenablog.com

 

ちなみに、現在の日本の苦難は、信仰心などの内面的な問題だと思われそうですが、違います。宗教の近代化には成功しております。

確かに信仰心は薄れていますが、存在意義がぐらつくといった内面の危機ではありません。

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むしろ、別の面が大きいのですが...................その件については、また改めて説明します。

naginagi8874.hatenablog.com

fufufufujitaniさんの記事も、ご参照ください。

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