歴史に名前が残らなくても、多くの人達が生きていました。微かな希望を抱いて。

鬼のゆみ子
ゆみ子は「一つだけちょうだい」という言葉を覚えます。
戦時中、配られる食べ物の量が減っていきました。そんな状況に、両親はゆみ子に満足な食事をさせられるかどうか、将来の心配をします。
戦況が厳しくなったため、身体の弱い父親も、戦場に行くことになりました。
お見送りに行く途中、ゆみ子は母が父のために作ったおにぎりを全部食べてしまいました。鬼です。さらに、「一つだけ、一つだけ」と言って泣き出す始末です。
父は、ゆみ子に道端にあるコスモスを渡します。喜ぶゆみ子を見て安心した後、戦争に行きました。
戦後、ゆみ子はお母さんと二人で暮らしています。作中の描写から察するに、父は戦争で死んでしまったようです。
お母さんに料理を振る舞うために、ゆみ子は買い物に行きます。
(あらすじ終わり)
小学4年生の教科書に掲載されている、小さな家族のお話です。読んでも、何を伝えたいのか、よく分かりません。
授業で習った時、同級生が「ゆみ子は、父のおにぎりを全部食べた人間のクズ」と言っていたのが、記憶に残っています。今思えば、そこが作品理解の手がかりでした。
構成
章立て表を作ると、こうなりました。

この三章構成でうんうん唸っても、綺麗な構成が見えません。思い切って、構成を見直してみました。本作の構成は、中間部つき反復構造になります。

AパートとCパートが対になっていまして、具体的に見ますと、
A-1. ゆみ子が「一つだけちょうだい」を覚える↔C-1. ゆみ子がたくさんのコスモスに囲まれる
A-2. 戦時中、穀物と野菜ばかりの食事↔C-2. 戦後、お肉やお魚を買える
A-3. 母親がゆみ子に食事を与える↔C-3. ゆみ子が母親に食事を与える
といったように、対称になっています。

戦時中の貧しいゆみ子家と、戦後の裕福なゆみ子家の対句から、本作の主題は明らかです。戦争と家族になります。
主役は父親
父親を中心に見ていきましょう。Bパートでは、父のゆみ子への思いが書かれています。

ポイントは中心部分でして、

父親は、おにぎりを「一つだけ、一つだけ」と言うゆみ子に、全部あげます。しかし、それでも、ゆみ子は満足しません。というか、言葉を覚えたばかりの2~4歳にしては、食べすぎです。
そんな様子を見た父親は、コスモスを一つ与えます。ようやく、ゆみ子は喜びました。
Bパートで、父親は娘に満足な食事も与えられません。満足させられたのは、一つの花だけです。
一方で、Cパートは戦後です。父親は戦死しました。しかし、ゆみ子はたくさんのコスモスに囲まれ、肉と魚を食べられる生活を送れるようになります。Aパートでの、穀物と野菜ばかりの食事と比べると、ずいぶんと豊かになりました。

父親は戦時中、ゆみ子に一つだけしか与えられませんでしたが、戦後は、たくさんのものを与えられるようになったのです。
たくさんの「一つの花」
なぜ、本作は「一つの花」という題名なのか。「コスモス」でも、「一つのコスモス」でも良さそうです。
コスモスは、花言葉で平和を意味します。平和の象徴であり、ゆみ子の父を暗に表しています。

ゆみ子の父は、家族以外親しい人がいません。歴史にも周りの記憶にも残らないような人です。でも、家族を守るために戦争に行き、娘に花を託して、この世を去りました。
戦争に巻き込まれながらも、家族を思って戦った父のような人達がいたのです。

つまり、花はゆみ子の父と同様、戦争に行った名もなき人達を表しています。
彼らは、歴史上の偉人に比べれば、道端に生えている花やコスモスのような、小っちゃな存在かもしれません。でも、身近にいる大切な人のために戦いました。ゆみ子などの子供達が忘れても、たくさんのコスモスが咲いた家のように、その思いはしっかりと受け継がれています。
このことから、本作の主張は明らかです。
あなた方の犠牲は、決して無駄ではなかったのだと。
あなた方が戦ってくれたおかげで、私達は戦争のない平和な毎日を過ごせるのだと。
