前回の記事はこちら。
今回では主題の一つである戦争の否定、「非戦」について説明します。
作品内で起こる戦争、第一次連合・プラント大戦を主に解説していきます。
第一次連合・プラント大戦
どんな戦争か、ざっくりと把握したい方は下の動画をご覧ください。
両陣営のトップの思想は本当にこんな感じです。
より詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。
改めて説明すると、ナチュラルを代表する地球連合と、コーディネイターを代表するザフトが自治権を巡って争っています。
地球連合はその名の通り、地球を拠点としており、ザフトは宇宙にある住居であるプラントを拠点としています。
一応、戦争の目的は宗主国である地球連合からの独立です。独立戦争です。
宗主国(地球連合)の締め付けがひどいから、植民地(プラント)が反発して独立するために戦争をしました。
よくある動機です。現実だと中東の石油問題に近いですね。
これだけなら普通の戦争ですが、人種差別を拗らせているのが事態をややこしくしています。
連合からの独立戦争だったはずが、途中から敵対人種の殲滅・殺害に目的がすり替わりました。
戦争の流れ自体は章立て表通りなのですが、
劇中前の主な出来事を表にするとこうなります。
作品理解に重要なのは血のバレンタインとエイプリール・フール・クライシスの2つです。
宇宙の居住区であるユニウスセブンに核ミサイルを打たれた事件です。
およそ24万人もの民間人が犠牲になりました。
公式には連合の暴走とされていますが、プラントが徹底抗戦のためにあえて見逃したという説もあります。
エイプリール・フール・クライシス
血のバレンタインの報復として、プラントがニュートロンジャマー(核使えなくなる機械)を地中に散布して、エネルギー危機に追いやりました。
資料によりますが、地球の人口の1割、10億人もの人々が餓死しました。
この二つの出来事で、両陣営に大きな亀裂が入りました。
元ネタ
ご存知の方も多いと思いますが、この作品の戦争の元ネタは9.11を発端とした対テロ戦争であり、アフガニスタン紛争です。
一般的に戦争と言うと太平洋戦争を思い浮かべる人が多いと思います。
太平洋戦争は(諸説ありますが)アメリカが石油を止めたことがきっかけで起こりました。政治的な戦争です。
しかし、作中の第一次連合・プラント大戦はアフガニスタン紛争です。
政治的背景はありますが、民族浄化(民族紛争)や宗教戦争の要素もあります。
実は、9.11に端を発して始まった対テロ戦争における死者は90〜93万人と、約100万人に迫っています。
これは9.11の犠牲者である2996人の300倍以上を超えています。
さらに、戦争は2021年まで続けられ、アメリカの撤退という形で終わりました。
泥沼以外の何物でもありません。
本作では、9.11が
血のバレンタインになり、
その報復がエイプリル・フール・クライシスになりました。
9.11は、公式にはアルカーイダの凶行によるものとされていますが、
血のバレンタインも同じくプラントが見逃したという陰謀論があります。
ここで重要なのは犯人探しではなく、どっちも相手がやったと考えられる「きな臭い状態」になっていることです。
コズミック・イラでは、血のバレンタイン以前にも陰謀論が飛び交うような「きな臭い事件」がいくつも起こっています。
水色が地球連合による陰謀、オレンジがプラントによる陰謀の疑いがある出来事です。
要するに、お互いに不信感が増大しており、譲歩や和解が難しい状況になっています。
戦争の種類
一般的に創作で描かれる戦争は政治的な戦争がほとんどです。
よく比較対象に挙げられる1stガンダムの一年戦争は第二次世界大戦。特に太平洋戦争が元ネタになっています。
作中の36話から38話のオーブ解放(オーブ侵略)作戦も政治的な戦争ですね。
連合がオーブのマスドライバー(宇宙へ行く打ち上げ施設)を使わせろと駄々をこねたから、オーブと戦争することになりました。政治的都合によるものです。
政治的な戦争が全てだと考えている人からすれば、この作品の戦争はバカげたものに見えると思います。実際、幼稚すぎるだとか、トップがバカすぎるとか、戦争がゲームみたいだとか批判されました(ある意味、その指摘は間違っていませんが...)。
しかし、SEEDの戦争は対テロ戦争です。「民族浄化(民族紛争)」です。
太平洋戦争や一年戦争のような政治的な戦争とは別です。
日本は単一民族国家であり、外部からテロの脅威に晒されたこともほとんどないため、このような民族浄化(民族紛争)を題材にした作品は少ない印象です。
私の貧弱な視聴歴だと、「鋼の錬金術師」や、
「コードギアス」ぐらいしか思いつきません。
実はまともな戦争観
この作品で「戦争」の否定はしていますが、自衛のための武力や抑止力は否定していません。
カガリ「これ(アストレイ)はオーブの守りだ。「オーブは他国を侵略しない、他国の侵略を許さない、そして他国の争いに介入しない。その意志を貫くための力さ」
この辺りの戦争観はまともです。
オーブは他国から見たらとんでもモビルスーツいくつも持ったやばい国ですが、
武力を持たなければ外部からの侵略を易々と許してしまうので、国防の姿勢としては別に間違っていません。
キラも戦いたくないと言っても、武力であるストライクを手放していませんし、
艦を守るには戦うしかないことも理解しています。だからこそ苦しむのですが。
戦争を絶対に起こしてはなりませんが、自衛のための軍事力は必要です。
キラと人殺しの心理学
批判の一つに、キラが「人を殺したくない」と言ったことが槍玉に挙げられました。
キラ「…僕…僕は…殺したくなんかないのにぃぃ!!!」
作中でもキラの言動が指摘されています。
キラ「やめてください!…人を殺してきて…そんなよくやっただなんて…」
整備員「何で…?今までだって散々(殺人を)やってきたくせに。。」
兵士なんだから甘えるな!覚悟を決めろ!と言いたくなるかもしれませんが、
作中の描写、実は軍事心理学的には真っ当なもので、現実に即しています。
そもそも、人を殺したくて戦っているサイコパスな兵士はほとんどいません。
自国や仲間を守るために仕方なく人を殺しているだけです。
「自らの手で」家畜や動物を殺すのでさえ、強い抵抗感や嫌悪感を抱く人が多いんですから、「人間」を殺すのに躊躇するのも当然です。
大多数の人にとって「殺人」は心理的抵抗が強い行為ですが、訓練を受けた兵士でも人殺しのストレスは尋常じゃないようです(動画の2:10からです)。
そのため「人を殺した」という事実から目を背けるため、古来から様々な方法を用いてきました。
物理的距離。あれは人間じゃない、的だと、遠くからミサイルや手榴弾で攻撃します。
権威者の要求。上からの命令で仕方なかったんだと。大義のためなんだと。
これはムウがやっていますね。
ムウ「キラ!俺達は軍人だ。人殺しじゃない。戦争をしてるんだ!」
集団免責。赤信号みんなで渡れば怖くないって言葉の殺人バージョンです。
心理的距離。宗教やプロパガンダなどで、敵である人間を「動物」や「家畜」などの非人間として認識します。本作では、両陣営が無意識にやっていますね。
実は1stガンダムのアムロも第2話でやってました。敵を人間じゃなく機械のザクなんだと認識しています。用語でいうと機械的距離に分類されます。
しかし、キラの場合は例えるなら「アメリカ軍にいるイスラム教徒(回教徒)」、「中国軍やロシア軍にいる日本人」です。相手が同胞のため、敵を非人間として見ることができません。
それに、昔の友達であるアスランも敵として戦っているため、
上に挙げた方法で、「人を殺した」という事実から目を逸らすことができません。
したがって、キラが「殺したくない」と言ったり、強いストレスを感じるのは当たり前のことです。自然な描写です。
だから、後半では戦闘の際、不殺行為(実際は峰打ち)を行うようになりました。
憎しみの連鎖を断ち切るという意味もありますが、
殺人で自分の心を傷つけないための自衛行為という意味もあります。
理想論を押し付けてるように見えますが、別にキラは自身の不殺行為を他のパイロットに押し付けるようなことをしてません。
以上のように、キラの不遇極まりない境遇や、
戦場での苛烈な描写を通じて非戦を訴えています。
戦場における「死の美化」や「殺人の肯定」もできる限り行っていません。
ニコルの死が17回とかネタにされますが、トラウマになった出来事というのは、昨日のように何度も何度も思い出してしまうものです。
回想がしつこいのは、実はリアルな描写です。
要するに、戦争なんてするもんじゃないってことです。
政治的な戦争はもちろん。
民族浄化(民族紛争)も。
当たり前のことですが。
解説は次回に続きます。